【初めて海外に出るときは不安だった】「新世界」はすぐそこに。 博報堂マレーシア代表渡辺氏

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アメリカ、ブラジル、中国(広州)、マレーシアと異なる文化圏の国での駐在を十数年経験してきた博報堂の渡辺氏に、新しい世界に一歩踏み出すためのマインドセットについて話を聞いた。

前向きにチャレンジを

今や知らない人のいないウォルトディズニー。その作品の一つ「アラジン」の最も有名な曲「a whole new world」にこんな1節がある。

“A whole new world, A dazzling place I never knew”

“全く新しい世界 私が決して知りえなかったきらめく世界”

そんな世界があるのなら行ってみたいものだ。しかし新しい世界が本当に素晴らしいかは、実際に行ってみなければわからない。

そして新しい世界に行くチャンスは意外と近くにあるのかもしれない。

“大手広告代理店博報堂。その海外営業部門を10年間担当し、その後海外駐在を開始。アメリカ、ブラジル、中国(広州)と異なる文化圏の国での駐在を経験。そして現在では博報堂マレーシアのトップとして現場を指揮”

このように聞くと、幼い頃から数多くの国際経験があったのだろうと推測せずにはいられない。おそらく両親も海外経験が豊富で、その影響で本人もインターナショナルスクールへ通っていたり、欧米への留学経験もあった。そのように考えてしまうものである。しかし渡辺氏は

「大学の卒業旅行で行ったヨーロッパ10日間の旅が最初の海外経験でした」

と話す。前述のような印象を抱いていた私にとって、この事実は衝撃的だった。

“生まれてからずっと国際的な環境に身を置いていなければ日本の外では活躍できないのでは”

という疑念がどこかにあったからかもしれない。

「初めて海外に出るときは不安だった」

“違う国だろうと同じ人間だから関係ない”海外に出る人は基本的にこのように言う。しかし、不安で当然なのだ。彼らの話を聞いて、”海外に行くのが怖いと思ってはダメだ”と考える必要はない。初めてのところに飛び込むのはいつだって不安で当然だ。

「初めて海外に出るときは不安だったし、皆さんも不安だと思います。でも、前向きな気持ちでチャレンジしてみてください。自分の殻を破るキッカケにもなりますよ。」

一生日本で仕事をすると考えていた

「元々はコピーライターになりたかった。」と渡辺氏は話す。

2015年春に”女心を鷲掴みにする”と話題になった広告がある。百貨店ルミネの広告だ。

LUMINE

青い背景に桜吹雪。そこに佇む遠い目をした美しい女性の写真はきっと多くの人が目にしているのではないだろうか。そして、そこに記されていた言葉が”恋は奇跡。愛は意志。”

博報堂のコピーライター尾形真理子氏と写真家の蜷川実花氏の作品だ。この広告は非常に多くの女性、中には男性の共感を呼んだ。わかりやすく言えば、コピーライターとはそのような言葉(コピー)を考える仕事である。

この仕事では広告の対象となるターゲットのことを徹底的に考え抜くことが必要となる。そのため、グローバルに飛び回るというよりは根を深く張る職業と言えよう。実際コピーライターになるために博報堂に入社が決まった渡辺氏は、

「一生日本で仕事をするのだろうな」

と考えたと話す。そんなことから、最初で最後の海外だと考えヨーロッパへ卒業旅行に行った渡辺氏。しかし意外にも、博報堂では海外関係の部署に配属される。転機は新入社員研修が終わり、入社1ヶ月半が経った時だった。渡辺氏は、当時の上司にこう質問される。

「君はコピーライターにはあまり向いていない。英語はできるか?」

それに対し「少しはできます」と返答した渡辺氏。その結果配属が海外営業部門になったと笑う。それから英語の研修を受けつつ仕事をこなす日々を経て10年後、ついに海外赴任が始まる。その後は冒頭にある通り、たて続けにアメリカ、ブラジル、中国(広州)と異なる文化圏での駐在を経験。そして現在では博報堂マレーシアのトップとして指揮を執る。

宗教自体は危険なものではない

日本に住んでいると、普段の生活でイスラム教を意識することは少ない。そのため、ニュースで報道されるような過激派の目立つ事件がイスラム教に関する唯一の情報という状況の方も多い。その結果、イスラム教は日本で最も偏見の多い宗教となっているのではないだろうか。

そこでイスラム教徒の多いマレーシアへの駐在決定にあたり、渡辺氏がイスラム教徒に対してどんな印象を抱いていたのか質問してみた。すると

「イスラム教に対してネガティブな印象は持っていなかった。そもそもイスラム教に関して知っていることが少なすぎた。それに、世界の1/5の人はイスラム教。宗教自体が危険なものとは考えていない。」

とのことだった。“宗教自体は危険なものではない”これは長年の駐在経験、異文化経験からの発言と感じた。

イスラム教に限ったことではなく、宗教自体を危険視する人もいる日本。しかし、そもそも世界では宗教を持たない人の方が少数派だ。宗教は危険だとすると、世界のほとんどの人が“危険人物”ということになる。これはおかしなことだ。しかし、こと日本に関して言えば宗教を持たない方が“普通”である。宗教に属している人の方が圧倒的に少数派なのだ。そのため、“宗教=怪しい、危ない”という図式が出来上がってしまっているように感じる。

しかし本当に日本に宗教はないのかと考えるとそれは疑問だ。

宗教とは、“人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする観念”だそうだ。これは何を意味しているのだろうか。自分が小学生だった時を想像しよう。そして、明日が生まれて初めてディズニーランドに行くと考えよう。その時にあなたは何をするだろうか。そう。てるてる坊主を作って「明日が晴れますように」とお願いするだろう。定義に照らせば、“てるてる坊主を作って翌日の晴天を願う行為”これも一種の宗教だ。

確かにニュースで報道されるような事件も発生している。しかし、それは億単位の信者のうちの本当にごく一部のことでしかない。日本人は一億人以上いる。その中でさえ日々様々な事件が起きる。だからと言って日本人が危険という結論にはならない。それと同じである。

とはいえ、"やっぱり宗教って何か怪しい”という感覚が抜けないところが日本人の正直な気持ちだと思う。その中で、「宗教自体は怪しいものだとは思っていない」とサラッと出てくるところに異文化慣れ、宗教慣れを感じた。

多様な食文化のマレーシア

ご存知の通り、マレーシアはイスラム教を国教とする国家だ。人口の半数以上を占めるマレー系の国民はイスラム教を信仰している。

そしてイスラム教は豚を不浄な生き物として食することを禁じている。また、飲酒も禁じられている。それもただ豚肉を食べたりお酒を飲んではいけないということではない。たとえ商品に含まれていなくても、豚肉やアルコールを扱うラインと同じラインで生産されてはダメなのだ。

ということもあり、渡辺氏は「マレーシアでは酒も飲めないし豚肉も食べられないのか」と覚悟していたと語る。しかしマレーシアは多民族。多様な文化のある国だ。さらに、世界各国から人が集まってきている。そのため、「実際には多様な食文化があった」と仰っていた。

日本の常識、世界の非常識

渡辺氏は海外駐在経験が長く、また、異なる文化圏での駐在を経験している。そのため、“日本人”の良いところとそうでないところを客観的に認識しておられると思い質問をぶつけてみた。するとこう答えが返ってきた。

「日本人の良いところは沢山あります。それを海外に出ることで改めて認識することがあります。その良いところの根底にあるものは、日本の教育であり文化です。」

これは具体的にはどういうことだろうか。

「マレーシアは人材研修系の業者が多いです。そして、会社で研修を行うことに対して政府から補助も出ます。では何をやるかというと、いわゆるフィールドワークやチームビルディングです。しかしこのようなことは日本人は小さい頃から教育されています。電車の乗り方一つ見てもそれは現れています。日本人のそういうところは素晴らしいと思います。海外という日本とは違った環境では生きるのではないかと思います。」

確かに電車の例は分かりやすい。中国もマレーシアも、基本的に並ばない上に客が降りる前に乗り始める。これは、並ぶという概念や降客優先という考え方を知らないということを表している。それを私たち日本人は当たり前に教えられてきた。

同時に、日本人が世界に出て行く際に気を付けなければいけないこともお話いただいた。それは、「日本の常識世界の非常識」というものだ。

「なぜ海外の人間はこれができないんだ。バカなんじゃないのか。と考えてしまうことはよくないです。アメリカでしか通用しないルールもあれば、中国でしか通用し ないルールもあります。同様に、日本でしか通じないルールもあるんです。」

各島の生物が独自の進化を遂げたことで知られるガラパゴス諸島。その独自性になぞらえ、製造業、非製造業 が日本国内に最適化され国際標準と乖離してしまガラパゴス化現象が取り沙汰された時期もあった。日本は島国である。また、移民にも積極的ではない。その結果、大陸の国々と比べて外からの視点を得る機会は少ないと考えられる。しかし、日本のルールや常識は世界の中心ではなく、世界で通用するものでもないという意識は持っておかなければならない。

グローバルリーダー論

「グローバルリーダー」この記事を読んでいるあなたはおそらく関心がある言葉だろう。そこで、世界の第一線で15年以上戦ってこられた渡辺氏に、グローバルというものについての意見を最後に聞いた。

「グローバル化というのは、情報環境の変化。技術の発達で、国と国の境目がなくなってきています。Fax もない時代から、世界中の情報にリアルタイムにアクセスできる時代になりました。地球の裏側にいる人と無料で会話もできる。時代です。つまり、技術が自ずと社会をグローバル化させているんですね。世の中がその方向に動いています。グローバルが良い悪いではなく、世の中の流れはそうあるという現実があります。

その上で、我々は日本人ですから、日本人や日本というアイデンティティを世界の中で明らかにしていくことが重要になります。昔は一生日本にいれば良い時代でした。しかし今はそういう時代じゃありません。こちらから出なくても、2020年にはオリンピックもあります。おそらく移民も増えていくでしょう。そうなると、例え日本国内にいたとしても日本のことだけ考えて住むことはできません。つまり、日本にいてもどこにいてもグローバルな視点を持つことは当然に求められるようになるわけです。

グローバルリーダーという言葉自体はよくわかりません。アメリカ大統領や中国の国家主席はグローバルリーダーなのだろうとは思います。しかし、会社の中にいる人を指して“グローバルリーダー”と表現するには違和感があります。

ただ、例え日本の中にいても、インドの仕事もできるしアメリカでも仕事できる。また、日本国内の価値観を客観的に捉えられている。こういったことは求められると思います。」

“A whole new world, A dazzling place I never knew”

“全く新しい世界 私が決して知りえなかったきらめく世界”

そんな世界はきっとある。

だから、

“Don’t you dare close your eyes”