目覚めよ、ゆとりの国の大学生!あなたの普通は世界の異常 講演録「若者よ、アジアのウミガメとなれ」

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こんにちは。『AWAY』運営事務局の原田@kohharadaです。

アセナビが主催する、アセナビ×トビタテ!留学JAPAN派遣留学生のコラボイベント「若者よ、”失われた20年”を取り返しにASEANへトビタテ!」に参加してきました。

加藤順彦氏による特別講演が超絶良かったので、講演をフルで書き起こししました。合計18,000文字(原稿用紙45枚分)の超長文です。時間があるときにじっくりお読みいただければ幸いです。

・前半:大学生時代の話から、急成長していたインターネット広告企業がライブドアショックで経営危機に陥る2006年までのストーリー。
・後半:シンガポールに移住し現在に至るまで、アジアのウミガメを創るために活動してきた投資家としてのストーリー。

若者よ、アジアのウミガメとなれ

加藤氏:ご紹介にあずかりました加藤です。よろしくお願いします。
(会場拍手)

今、最初からずっと見ていたんですけど、みなさん立派な方ばっかりですね。僕が学生の時と一番違うなと思うのは、やっぱりインターネットがあることです。私も学生の時、いろんな所に人に会いに行ったんですけど、ほとんどが公衆電話とか、噂とか、そういうので訪ねていったんです。待ち伏せしたりとか、そういうのだったんで、いまは全然違うなと思いました。

さて、今から40分ほどお時間頂戴して、私のお話をします。
まず、私この「トビタテ!留学JAPAN」素晴らしいなと思ってます。今日はなにがしか「トビタテ!留学JAPAN」に興味があるからお越しになられている人が多いんじゃないかと思います。

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もう制度についてお分かりになられている方はご存じだと思いますけど、「留学」と書いてありますけど、大学に留学してもいいですし、しなくてもいいんですね。企業にインターンで居てもいいし、「トビタテ!」はミッション遂行型ということで、大変面白いなと思っています。私が学生の頃にこういうのがあったら、応募したのかどうかは分からないですが、すごく興味があっただろうなと思います。

人生の転換点

私は8年前からシンガポールで暮らしています。なんでシンガポールで暮らすようになったのかというと、こういう思いで日本を出ました。

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色々悔しいことがありまして、、、一言で言うと自分のやってたことが上手くいかなかったんです。上手くいかなくって、それを、ある意味で克服するために、自分が為し得なかったみたいなものを、海外に出て日本に刺激を与えることで為せるんじゃないかなと思ったことと、その背景に、私が感じた挫折の裏側にあったのは閉塞感でして、これを自分なりに解決できるのがアジアに出て行くことだというふうに思って、アジアに出ることでその決意を達成しようと思ったわけです。

自分は今49歳です。自分の半分の歳の人でも24歳なので、今日は3分の1ほどの17歳の人も、それ以下の人も来てるということなんで、ここでは本当にスーパーおっさんなんですね、すみません。

大阪生まれ大阪育ちで、大学に入ってから、刺激のある先輩が学校に現れまして、その人に巻き取られるような格好で大学生活を過ごしました。その後、自分で25歳の時に起業して、16年間表参道で広告代理店をやってました。大変楽しい、刺激的で、かつ有意義な広告の仕事を長くやってたんですけど、続けられなくなる事情に苛まれまして、泣く泣く会社を手放して事業を辞めたというのが自分の大きな変遷です。

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手放した後に、シンガポールに移住するという1つの大きなターニングポイントがあって、それから8年ほどシンガポールにいます。

去年からはジョホールバルという、シンガポールの隣にあるマレーシアの町に引っ越して、シンガポールとジョホールバルを行ったり来たりしながら、現在まで8年間は、東南アジアで起業する日本人の起こす会社の資本と経営に参画するというスタイルで活動しております。

異常が普通

みなさん、今日はだいたい私が人生の変節点を迎えた頃と同じぐらいの歳の人が多いです。私は大学入って半年後の19歳の時におかしな先輩に出会いました。今日も自分にすごく強く影響を与えたおかしな先輩の話が出てきます、何回も。

すごい大事だと思ってます。そもそも、今日は日曜日だというのに、このセミナーに参加していること自体がかなり「異常」です。かなり遠くから来ている人もいると聞きました。

みなさんの親御さんとか、学校の友達とかに「お前バカじゃないの?」と言われながらも今日ここに来た人も結構いるんじゃないかと思います。それは何かと言うと、「普通」というのは平均値だからです、あるいはほとんどすべての人は「普通」なので、今日ここにおられる方は、”ここいる”というだけで「異常」です。

それでどう思うかなんですけどね。私自身は、これからどんどんどんどん「個」の時代が進んでいくと思っているので、「異常」であることはすごくいいことだと思ってます。

私はそのおかしな先輩と出会って、その人の起こした会社「リョーマ」に参加したんです。最初にやった商売は運転免許合宿の代理店でした。

 

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大事なことは「環境が人間を創る」っていうことなんです。みなさん、今日、色んな経緯があってここに来ていると思いますけれども、十分、ぜひ自覚していただきたいのは、今日この場に来ているだけでかなり「異常」だってことです。

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ここに来るまでに色んな経緯があったと思います。「トビタテ!留学JAPAN」に興味を持った自分とかね。今日「ここに来ないか?」と先輩や友達、あるいは後輩に言われた、そんな方々も、そんな声を掛けてくださる友達もまた、みなさんのたくさんいる友達の中ではかなり「異常」な友達だと思いますし、そんなことに興味を持っている自分も、かなり、周りのご家族とか、高校の時の友人とか、地元の昔からの連れとかに比べると「異常」だと思いますけれども、そんな自分が今ここにいること自体、ぜひ受け入れてもらいたいと思います。

所属するコミュニティが自分を作る

私は学校入って直ぐに学生企業に参加しました。この「リョーマ」という会社は、だいたい20人ぐらいの団体でしたけれども、驚いたことにほとんど全員がその後社長になったんです。そのうち半分ぐらい、いま上場企業の役員をやってます、私はこれ偶然だとは全然思ってないんです。

私の行ってた学校は偏差値だと、“中の中”から“中の上”ぐらいのレベルの人が集まる私立大学です。この「リョーマ」という学生企業に居たメンバーは、だいたいそんな人たちの集まりで、特殊な能力がある人なんていうのは、極端な話、1人もいなかったと思うんです。

でも、「朱に交われば…」という言葉がありますが、人間っていうのは環境の生き物なんで、「それが普通だ」とか、「そうなるべきだ」っていうふうに、環境に置かれてしまうと、だんだんそっちのほうが自分にとって「普通」になっていくんです。

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つまり、どんな場に自分がいるかっていうことなんです。学生であることを活かせる商売を学生時代にみんなでやって、学生ながらに商売をしてたんです。それが我々にとって当たり前であって「普通」だったっていうことです。

今日この場に来た経緯、あるいは、先ほど「コミュニティ」っていう話が司会の長田さんからもありましたように、「トビタテ!留学JAPAN」に参加してる1期生・2期生・3期生の方々っていうのは、強いコミュニティの中におられると思います。で、だんだん気持ちが良くなってくるんです、今日来られてますけど皆さん。

何故かというと、既にそれまで自分が接してきた周囲の人たちとは明らかに価値観が違うんです。そういうところに揉まれると、だんだんそっちが「普通」になっていく。みなさんにとって「普通」っていうのは、いわゆる社会の平均値ではなくて、どんな人と付き合っているか、どんな価値観の人の周りに居るかということが、自分にとっての「普通」になってくると思います。

つまり本日は「普通の」閾値を上げてほしいって話なんです。私はここにおられる方はASEANに飛び出すのを「普通」に思ってもらえるのではないかということを期待して出てきているんです。

「会社、はじめっか」

で、25歳で自分の会社を興しました。当初の3年間はすごく上手くいってたんですが、3年目にしんどくなっちゃったんです。私が始めたのは広告代理店でした。

25歳で会社を始めるというのは私の居たコミュニティの中では実に「普通」なことだったので、あまり抵抗なく、問題意識なく、目標もなく、「じゃあ、会社はじめっか」っていうことで始めたんです。

ところが冷静に考えると、関西学院の同級生の中で25歳で会社をつくった人っていうのは、同級生の中では、親が会社の経営者であってそれを継ぐという経緯である人でない限りは、多分、統計も何もないですけども、その学年では私1人だったんじゃないかと思うんですよね。ただ、私の居たコミュニティでは会社をつくるのが当たり前だったので、ポンとつくっちゃったということなんです。

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既得権益のない、新しい市場で勝負する

3年目でいきなり厳しくなりました。それはなんでかっていうと、社歴がなかったんです。事業の実績がなかったっていうことで、例えばテレビでいうとフジテレビとか、日本テレビとか、新聞でいうと読売新聞とか朝日新聞が、当時も今も大手なんですけど、そういう大手と取引が出来ない。

「日広さんっていう会社は聞いたことがありません。今まで取引実績がありません」できたばっかりなんで当たり前なんですけど。そういう、実績とか歴史みたいなところを言われちゃって、途端に媒体が仕入られなくなっちゃったんですよね。

経営者の先輩に「社長、ちょっとうちの会社、途端に仕入が追いつかなくなって、お客さんの要望どおり、メディアを仕入れることができなくなっちゃったんですけど」って言ったら、「それはそうだ。加藤君、広告業界って始まって150年経ってるんだよ。先に広告の商売をしてた人たちっていうのがルールを決めてるわけだから、始めて3年目のあなたがそんな紳士協定のとこに入れるわけないでしょ」と。

なるほど。つまり、そういう形で、既得権益……よく新聞とかに載ってますけど、なんのことはない、要するに、先にやってた人たちが後から来た人と同じ土俵で戦いたくないので、色々理屈をこねくり回して同じ土俵で戦えないようにするのが「既得権益」なんですよね。

つまり広告業界だけじゃなくて、ありとあらゆる商売が、先にやってる人が有利になってました。例えば業界団体も、先にやった人がだいたい理事の席を占めてるわけです。新たに商売始めると、そんな業界団体に入っても「一般会員」とか「賛助会員」みたいなところで、なかなか理事会には出れるような立場にはなれない。これはどんな商売でもそうなんですね。

広告業界もまたそうだったということなんですけど、その時に先輩に言われたのは、当時の私28歳、1995年なんですが、「新しい商売をやってる会社はみんな勝手好き放題に自由に成長してるよ」と。例えばテンポラリーセンター、今のパソナさん、日本ソフトバンクさんとか、あるいはアスキーさんとか、新日本工販さんとか、当時伸びてる会社っていうのがあるわけです、リクルートコスモスとか。そういう会社っていうのは自由に伸びていて、いわゆる既得権益が無い。「なんで無いんですか?」って聞いたら「いや、それは加藤ちゃん、全部新しい商売、新しい業種だから」。

たしかに新しい商売っていうのは業界団体が無いわけです、当たり前です。ついこの間まで、そういう商売、人材派遣の業界と、法人向けのFAXのリースの会社とかも無かったわけです。

そうすると、偉い人がいないんでルールを決めてる人がいない。逆に言うと、自分たちがルールメーカーになれるチャンスがある商売っていうのが、みなさん自身が自由に伸びれる商売です、というふうに言われて。「広告業界とか、雑誌広告とか、昔からあるような商売をやってるから自分たちはリーダーになれないんだな」という気づきで。

私はITが好きだったわけでもなんでもないですけれど、当時、1995年っていう、私が壁にぶち当たった年というのはWindows95が発売された年で、その年、Windows95がもたらした最大の副産物が「インターネット」だったんです。

インターネットは今から約20年前に生まれたんですけど、「インターネットで広告が配信できるようになる」という話になって、そのときは既得権者がいない、先にインターネットを理解してる会社がいない、私がインターネット広告なるものがあるということを知った段階では、まだ、電通も博報堂も、1回もインターネット広告を売ってなかったんですよね。

「だったらリーダーになれる。既得権者がいないということは、少なくとも取引実績が無いからといってYahoo!が取引してくれないっていうことはないんじゃないか」という、、わりと安易な考えで雑誌広告からインターネット方面に乗り換えたんです。

時流に乗ったら、売上伸びちゃった

その後ネットバブルとかあったんですけど、結論だけ言うと、広告の会社「日広」はポンと伸びました。2006年の段階で社員数が150人ぐらい、売上で120億ぐらいまで、ポーンと伸びました。2003年を過ぎたあたりからは毎年20パーセントずつぐらい伸びたんですね。

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広告業界っていうのは、近年20年間ぐらいずっと産業自体は6~7兆円産業なんです。日本国内のマーケットっていうのはずっと変わってないんです。ずっと変わってないのに、こうやって伸びる会社がある。なぜかというと、インターネット広告が他のメディアの牌を取ったんです。

インターネット広告が伸びて、かたや私が一番得意だった雑誌広告の業界は、逆に20年間でマーケットが3分の1になっちゃったんです。だから、インターネット広告は今、6~7兆円という、20年間変わってないマーケットの牌の中で、今やテレビ広告を追い抜くぐらいの大産業になりつつあります。

あと多分、数年でインターネット広告の市場規模はテレビ広告の市場規模を超えると思うんです。いま1兆円だと思うんですけれども、私が始めた頃、1996年ぐらいはインターネット広告のマーケット全体のサイズは15億円ぐらいしかなかったんです。そう考えると、牌が小さいから大手が参加するメリットはないので入ってこないんです。

創業当時のYahoo! JAPANっていうのはトップページに100万ページビューを載せても20万円とかだったんで。電通さんは昔も今もだいたい30歳ぐらいで役職のない人だったら年収1,000万円ぐらいなんですけど、年収1,000万ぐらいの人に20万円の枠っていうのは、取り組む価値がない、間尺が合わないんです。すなわち、まだ本気で売るにはまだ時期尚早ということで、ある程度のマーケットサイズになるまでは大手は着手してこなかったんですね。

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何が言いたいかっていうと、なぜ日広っていう会社が大きくなったのか?それはその後ネット広告産業全体が大きくなったからです。

日広の社員が、社長が優秀だったわけでも、素晴らしい顧客に恵まれたわけでも、なんでもありません。ネット広告の産業が伸びて、その成長の尻馬に乗ったら、日広も勝手に成長した、というだけのことです。

これはあらゆる産業で言えることなんです。伸びてる会社、すごく成長してる会社っていうのは、今はインターネットがあるんでいろんなところで紹介されてます。ほとんどすべて共通してるのが「産業全体が伸びてる」っていうことなんです。

最近でいうと、電気自動車の部品メーカーとかすごい伸びてますけれども、電気自動車の産業は昔なくて、いま猛烈に伸びてる。テスラの新型のモデル3ってのは、わずか1週間で1兆円近く売れたらしいですけど、そんなに売れたら、そりゃ部品の会社だって伸びますよ。だって、ついこの間までマーケットが無かったわけですから。それが、「新型のテスラが新しいの出ましたよ」っていって、ドンと1兆円も売り上げたってったら、テスラに部品を納品してる会社は0がいきなり100とか200になるわけです。当たり前ですよね。

っていう意味で言うと、ネット広告に限らず、成長という点ですごく大事なのは、「メガトレンドを意識すること」だと思います。追い風をつかんでる会社、成長が波に乗ってる会社というのは、その会社が多少ダメでも、社長がボンクラでも、「その産業にぶら下がってる限りは伸びまっせ」ということを自分なりに体感したんです。

ライブドア・ショック。パタパタと潰れていく

インターネット広告はご存じのとおり今や大産業です。私がやってるときには5,000億円ぐらいまでいってました・・・今はその倍ぐらいになってますけれど、このままずっとインターネット広告を、僕はやっていきたかったんです。

日広は2006年の段階で120億円ぐらいいってたんです。イケイケです。毎年20パーセント伸びてるわけですから、私も「ネット広告って楽しいな。新しい産業だからまだまだ自分はリーダーで居れるな」なんて思ってたんです。

けれど2006年の、ちょうど今から10年前、「ライブドア・ショック」がありまして、私はお客さんがみんなネット系だったので、何があったかというと、ネット系全体がみんなで“膝カックン”みたいになっちゃったんですね.

日広という会社も、結局ネットのエコシステムの中での1プレイヤーだったんで、ズコーンと、ある意味滑っちゃいまして、月商10億円あった売上が半年ぐらいで6億円を切るぐらいまでの売上に小っちゃくなっちゃいました。

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その時にすごく自分が身に沁みたのは、10年前の、当時の雰囲気です。最近上場承認が出たLINEの前身の、ライブドアという会社があります。今は韓国のNAVERという会社の子会社になってますけど、当時は堀江貴文さんっていう人が経営してた会社なんです。彼は今もすごく仲の良い友達なんですけど。

「ライブドア・ショック」というのは、私は謂われの無き罪だと思ってますが、要するに、世の中の「僻み・やっかみ・妬み」を一身に浴びて、12億円の偽計という、会計を偽ったということで、“別件逮捕”のような形で拘留されてる間に、ライブドアが上場廃止になってしまったことに端を発してるんですね。

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いわゆるビットバレーという、渋谷・六本木でインターネットで商売をして上場してたような会社が200社ぐらいあるんですが、この200社ぐらいの会社の株価が3~4か月で10分の1ぐらいになっちゃったんです。株価が10分の1になるっていうことは、時価総額が10分の1になるっていうことです。業績が良かったヤフーや楽天さえ3分の1ぐらいになっちゃったんです。

そうなると、ちょっと難しい言葉ですけど「信用収縮」。時価総額が小さくなることで信用そのものが小さくなってしまって、商売が左前になっちゃうということが起こったわけです。

日本中で同時に、ネット系が全部いっぺんにそういうことになり、日広という会社だけでなく、日本のベンチャー、スタートアップ全体に猛烈な向かい風が吹いて、立ち行かなくなるいろんなことが同時に起こっちゃった。

ここから後半です。
▽シンガポールに移住し現在に至るまで、アジアのウミガメを創るために活動してきた投資家としてのストーリー。

外の世界のスターたち

僕のやってた広告会社「日広」っていうのは、さっきも言いましたように、IT革命にあまねく関わるインターネットベンチャーをひろく対象にしてたので、ベンチャー全員が同時にダメになるようなことは僕は起こらないと思ったんですけど、なんとその2006年のライブドアショックの時には全員がいっぺんにダメになるという事態に陥ってしまった。

2006年あたりまで、「失われた十年」とかなんとか言われてましたけれども、戦争が終わってから60年間、それまでの日本はずっとGDPは右肩上がりで伸びてたわけです。ところが新しく伸びた会社、上場した会社が一斉にダメになるようなことが起こっちゃうと、「日本の国のシナリオってどういうふうになっちゃうのかな」っていうことが、私はさすがに心配になってきたんです。

一方でインターネットのイノベーションっていうのはほとんどアメリカ西海岸で生まれているわけです。日広という会社はインターネット広告を売ってたので、西海岸で新しい技術とかサービスが開発される度に、たくさん“お呼ばれ”するわけです。

Googleさんとか、Yahoo!さんとか、或いはMicrosoftさんとかが、日本で広告をたくさん売ってる会社の社長を集めて「来年はこんなものを売りますよ」とか「こんなサービスを始めますよ」みたいなブリーフィングがあるので、私は2003年あたりから2006~7年ぐらいまでは、年に2~3回ぐらいアメリカに行ってました。ちょうどライブドアショックがあった2006年の秋に、この2人の存在を知ったんです。

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“クシャおじさん”みたいな人がいますけれども、左側、手前のほう、この人はジャック・マーさんという人です。一昨年「史上最大のIPO」と言われたアリババという会社の創業者です。

その隣の、香港カンフースターみたいな人。この人、後ろに字が書いてあるから分かりやすいんですね。Baiduという検索エンジンの社長のロビン・リーさんっていう方です。この方々、今でこそ日本でも割と有名ですけど、2006年の段階ではほとんど報道すらされてなかったんです。

私もこの2人の存在をアメリカで知りました。なんで知ったかというと、Googleのカンファレンスにロビン・リーさんが来てたんです。ニューヨークでネット広告のカンファレンスがあり、そこにジャック・マーさんが来ていました。「へー、こんな人、中国にいるんだ」と。

中国は2000年ぐらいまでインターネット自体が禁止されていました。で、2006年の段階ではどうだったかというと、まだほとんどすべての人が、インターネットに繋がってなかったんです。当時の中国は「小霊通(シャオリントン)」というPHSでSMSでやり取りをするような時代。その10年前は誰も電話を持ってなくて、メタル回線すら無いのが中国だったので「そもそも携帯電話自体が革命だ」みたいなところがありました。

そんな、誰もインターネットを触ってない時代に、この2人は、アメリカから技術やサービス、あるいはファイナンス手法なんかを中国に持って帰ってきていた。

その彼らのことはアメリカだけでなく、上海や北京の本屋に行くと彼らの自叙伝や、誰か別な人がジャック・マーについて書いてる本がうずたかく積まれて売られていたり、経済書とか紳士録みたいなのに、紹介されてるのを知ったんです。

それだけではなく、中国本土の中学校の副読本で紹介されていました。つまり「中学生が読んでる」っていうことですね、これからの中国をつくっていく若者に対して、日本ではほとんど無名だったジャック・マーさんやロビン・リーさんのことを、ある意味、英雄のように紹介している、という事実を知ってビックリしたわけです。

同じころの2006年の日本ではライブドアの堀江さん、楽天の三木谷さん、GMOの熊谷さん、サイバーエージェントの藤田さんもめちゃくちゃに叩かれて、もはや“社会悪”みたいな感じで、インターネット企業が追い詰められてる。

堀江さんは実際に投獄までされて、有罪判決までされて、収監されてる間に上場廃止になっちゃってるのが日本の状態だったのに、一方の同じ年にジャック・マーやロビン・リーは、アメリカで演説はしてるわ、中国で英雄のように報道されてるわと。私はいったいなんなんだ、というところまで追い詰められました。

ウミガメ族は救世主か

そんな彼らは中国で「ウミガメ」と呼ばれていたんです。アメリカで学んだインターネットの知識やインターネットのエコノミー、あるいは技術やサービス、考え方、あるいはITそのものを外から中国に持ち帰って、それを雇用や産業や経済に繋げていると。「彼らこそ中国の救世主だ」みたいに言われてるってことをそのとき知ったんです。

彼らは、留学生ではないですけど、「ウミガメ族」の、ある意味シンボルと言われているのは、今も申し上げたように、国の外に起こっているイノベーションを産業や雇用や経済に繋げてるという意味で、まさに「外から富や希望を持ってくる人たち」として報道されていた。1つのアイコンとして、ジャック・マーさんやロビン・リーさんが中国で教科書に載るぐらいの存在になっていた。

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中国では「海亀」と「海帰」という言葉が同じハイグイという発音らしいんです。「海から帰ってきた人」。それらの背景にあるのが、実は、アメリカで留学して勉強してきた人たちのネットワークにあったっていうことです。

中国っていうのは、昔も今も、いや、昔以上に今のほうが、アメリカやカナダに留学生を出す勢いや気運……ご存じだと思いますけど中国は30年以上前から「一人っ子政策」というのをやってまして、昔はたくさん子どもがいる国だったんですけれども、子どもが本当の“宝”になる、一族の希望になって、親族、一族郎党からみんなでお金出し合って……今は違いますよ、でも10年ぐらい前は本当に親族一同がお金を出し合って“希望の光”をアメリカに送り込んで、みんなで「頑張れよ!」って言って、「最終的に俺を養ってくれ」みたいな感じで送り出してたわけです。

その人たちが、当時の記録で、年間で約6.8万人と、日本人の2倍ぐらいの人がアメリカに留学で来ていた。一人っ子政策ですから、本当に宝物のような若い人たちを中国から出して、アメリカに、そういった方々が色んな未来に繋がる希望とか雇用や経済を持って帰ってきて、彼ら自体が中国の次のシナリオを担うようになっていた。その人々を中国ではみんな「ウミガメ族」と呼んでいる、と知ったんです。

私が実際にアメリカに通い出したのは2003年ぐらいからなんですけど、韓国人もアメリカにたくさんいまして。「なんでいるの?」って聞いたら、その前にアジア通貨危機っていうのがあって、実際、90年代の後半に韓国って1回デフォルトをしてるんです。「デフォルト」っていうのは経済が「破綻」することで、そのとき韓国の通貨価値がドンと半分以下まで落ちてるんです。

で、その際にたくさんの人たちが、アジア、そしてカナダ、米国にバーっと逃げてます。その人たちが、のちに2006年当時の世界を席巻していた『いわゆる”世界のLG”や”世界のサムスン”』のバックボーンになってるという話を聞いて、「中国人だけじゃなくて、韓国の人たちも世界中に出てるんだな」みたいな。

その時にたいへんな衝撃を受けて、あれ・・・ 「日本にも『ウミガメ』みたいな人が要るんじゃないのかな」と。

私は歴史が好きで、さっき紹介したように最初に「リョーマ」という会社をやったんですけど、幕末の話が特に好きなんです。

みなさんご存じかどうかは分かんないですけど、明治政府、第1期の内閣、最初の総理大臣である伊藤博文さんから明治時代の一番最初の10年間ぐらいは、閣僚の半分以上が実は外国の留学生だったんです。幕末の頃、各幕府から優秀な人が海外に出て行って、その後、明治維新の中心になった、特に長州の方々っていうのが、海外に出て、英語をあるいは文化を学び、殖産興業、和魂洋才、あるいは文明開化を主導したわけです。

海外で日本の状況との差分について勉強してきた人が実際に新しい国をつくるっていうところで活躍したというのを知っていたので「なるほど、これから新しいITの時代が来るにあたって、日本の国も、海外で勉強した人が創っていくっていう世の中に変わっていかなきゃいけない。いや、隣の中国や韓国は実際そうなってるじゃないか」と思ったわけです。

 

日本はどうなるの?ブランドスイッチが起こらない世界

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一方で日本は、みなさんご存じだと思いますが、未曾有の人口の急減期を迎えています。
皆さんが僕くらいの歳になる2050年、日本の人口は9,500万人に減ってるんです。で後から気づいたんですけど、先ほど申し上げたライブドアショックがあった2006年は、実はその頃がちょうど人口が減りだした頃だったんですね。

で、私は「あ、これは“イス取りゲーム”が始まってるんだな」と思ったわけです。
それまではなんだかんだで戦後ずっと人口は増えてたんで、牌も増えててGDPも増えてたわけです。

「GDP」っていうのは「給料取りの人数×給料」。ですから、なんだかんだでGDPはそのままずっと増えてた。ところが、単純に給料取りの人数が減りだしたんで減ってきたんです。GDPが減るとどうなるかっていうと、“イス”が減り始めます。先ほど申し上げたように、人口統計的にどんどん高齢化が進んでいく。

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さらに、2050年というのは、総人口9,500万人に・・・今から3,000万人減ります。で、60パーセントの人が働いてない時代がやってきます。ほとんどが高齢者です。このオレンジ色の分厚い部分が高齢者なんですけど、高齢者の人たちって「ブランドスイッチ」が起こらないわけです。

「ブランドスイッチ」っていうのは何かっていうと、みなさん毎日生きてて色んな広告の刺激を受けてると思います。私がやってたのは広告の仕事なんで、ブランドスイッチを図ることばっかりしてたわけです。具体的に言うと「今飲んでるビールを止めて、こっちに乗り換える」っていうのがブランドスイッチです。

すなわち新しいソースとかジュースの宣伝とか、洗剤とか、靴とか、洋服のブランドとかの宣伝を広告に載せて、「今使ってるものよりもこっちのほうがいいんじゃない?」っていうのがブランドスイッチなんですが、やっかいなことにこれから激増する高齢者っていうのは、ブランドを変えません。

例えばうちの親父、今78歳ですけれども、60年間ずっとキリンビールを飲んでます。これはどんな刺激を与えてももう変わらないです。なぜかというと、高齢者というのは脳が硬直してるんです。硬直してて刺激を受けにくくなってます。ですので、「このソースのほうが美味しいよ」とか「このジュースを飲んだほうがいいよ」って言っても、脳が「これを使う」「これを買う」って。

高齢者はマヨネーズならキユーピーに決まってますんで、その人にどんだけオマケをつけても、ハワイが当たっても、あるいは、小さい徳用チューブが付いてても、値段が半額でも、やっぱり味の素のマヨネーズには変えないんです。

失敗=美味しくないことを恐れちゃう。いつもと同じソースやビールを嗜んでる分には失敗はしません。もちろん、新しいビールを飲んだり、新しいマヨネーズを使ってみたら、意外に美味しいかもしれないんで、今までよりも成功があるかもしれないですよね。

でも、脳が歳を取って老いていくと、「成功したら嬉しいな」というよりは、今までと違う消費行動を取って「失敗すること」を恐れるようになるんです。これが老いの本質ですよ。

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日本は今どんどん老いていってるので、ブランドスイッチが起こりにくくなってきてるんです。そうなるとどうなるかというと、上位シェアにある会社、例えば日本でいうとアース製薬とか、日清食品とか、こういう会社は我々が生きてる間ずっと1番のままでしょう。
なぜか?高齢化社会だから。ブランドを変えない人たちばっかりなんで、上位シェアの会社っていうのは、これからもよほどのことがあっても、シェアを落とさないんです。

ところが、ちょっと悪いですけど、例えば、業界でいうと6位ぐらいとかのフマキラーさんとか、8位ぐらいのエースコックさんとかはほぼ2050年は無理です。なんでかというと、GDPが減るからです。今は食えていますよ、6位も7位も。

でも1億2,000万人の人口が9,500万になっちゃうと、食えなくなるんです。下位の会社ほど厳しくなる。つまりベンチャーやスタートアップは育ちにくくなっちゃうんです、勝てなくなっちゃうんです。“イス取りゲーム”は進んでいきますけど、平等には進みません。シェアの上位の会社が勝って、下位の会社が負けるんです。どんどん牌の数が減っていって、合従連衡、つまり合併が進みます。食える企業の数が減るんです。5社食えてた業界が3社しか食えなくなるっていうのが、GDPが減るということです。人口が減る社会です。

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東南アジアに出ればいいじゃん?潰れないよ?

ところが、一方でアジアはこれから“イス”が増えていくんです、どんどん。増えればどんなチャンスがあるのかというと、今、2社食えてる業界が3社食えるようになるんです。4社食えてる業界が5社食えるようになる。これが牌の増える社会、“イス取りゲーム”の”イス”が増える社会なんです。

私は今、何をしてるかというと、「御社、アジアに出て来なさいよ」ということを起業家たちとか企業経営者に対して“煽ってる”わけです。

「今、御社がもし売上がゼロでも、知名度がゼロでも、社員がゼロでも、全く何もしてなくても、これからイスが増えるんだから、増えるイスに座ればいいじゃないか」って言って煽って、「海外に出て行きましょう」っていうことを言い続けてるわけです。

その論拠っていうのは「GDPが増えまっせ」ってことです。「GDPが減る日本にいると、今は食えていても、5年後食えませんよ、10年後食えませんよ」と。

「インドネシアやフィリピンやマレーシア、ベトナムやタイはこれからGDPが増え続けるわけですから、今はそこで出張ってなくても、イスが増えるんで御社はそこに座ればいいじゃないですか。なんで手をこまねいて見てるんですか?」と。

例えばフマキラーという会社は25年以上前からインドネシアに進出してまして、インドネシアで殺虫剤の会社といえば、フマキラーなんです。エースコックって会社はベトナムでは圧倒的に1番なんです。なんでか?30年以上前から、実は、エースコックはベトナムでラーメン作ってるんです、インスタントラーメン。つまり、フマキラーやエースコックはイスがなかった頃に進出してて、これからGDPが増え続けるベトナムやインドネシアでは圧倒的1番なんです。

何が言いたいかというと、フマキラーはもう潰れないんです。もしかしたら日本市場からは撤退しちゃうかもしれないです、日本の会社なんですけど。「もうやってても意味ないから日本は止めよう」ってことになってもおかしくない。

でも、インドネシアはどんどんGDP増えるし、今でも圧倒的1番ですから。もちろんこれからイスは増え続けるんで競争は続きます、でも、今1番っていうのはすごい有利です。エースコックも同じです。彼らのようにこれから「増えるイスに座りましょうよ」ってことなんです。

東南アジアへの入り口、シンガポールという国

でも、実は東南アジアというのはしっかりナショナリズムがあります。日本も日本人以外には非常に起業環境の厳しい国ですけれども、日本と同じように「1国1言語1人種」なんです。ASEANっていうのは実は同じに見えてみんなバラバラで、バラバラの言語、人種が違うだけじゃなくてモノの考え方も、宗教も違うんです。ですんで、実は、どの国も自国の経済人を当たり前に優遇します。外国人や外国企業っていうのは警戒されていて、そうは簡単に進出できない仕組みっていうのになってます。

特に人口の多い国は既得権益もたくさんありますし、元々お金を持った人が有利に設計されてますから、外国企業、これはもちろん日本企業に限らず、アメリカの会社も、中国の会社も、ヨーロッパの会社も、タイにもベトナムにもフィリピンにもインドネシアにもなかなか進出できないんです。

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シンガポールという国は30年以上前から、去年の3月に亡くなったリー・クアンユーさんという建国者が「東南アジア、これからGDP増えるよ」と。30年以上前から「GDPがこれから増えるから進出のチャンスがあるよ」「東南アジア、みんな1国1言語1人種なんで、なかなか参入できないよ」と。「日本と同じように参入障壁たくさんあるよ」と世界にアピールしてきた国です。私はいまこのシンガポールを拠点に活動しています。

国を挙げて「直接進出するんじゃなくて、外国企業がASEANマーケットで商売しやすい状況をつくってあるから、シンガポールという仕組みを使って東南アジアでマーケティングしませんか?」ということを30年以上前からアピールしてたんですね。

先ほど「ビジネスの環境」って話が長田さんからありましたように、本当に小さな国です。東京23区、あるいは淡路島ぐらいの小さな国なんですけど、ASEANのバラバラな環境や状況、ビジネスの仕組み、あるいは物事の決まり方を研究して、ASEANの、オセアニアのゲートウェイにしましょうと、世界に門戸を開き成功してきました。人為的に、シンガポールという国の仕組みを、世界中のASEANにある企業以外の人たちのためにも開放したのがシンガポールの面白いところです。

シンガポールは、私が2008年に移住したとき人口は370万人でした。今は540万人ぐらいです。ASEANはよく6.5億人と言いますが、シンガポールにはそれしかいないわけです。じゃあ、どこにいますかというと、人口がいる国というのは、先ほどのGDPがいま急増している国々なんです。

売れる量が桁違い

インドネシアには今2億5000万人の人が住んでます。日本の倍の人が住んでるんですね。
ここ数年は日本で売れてるバイクの台数っていうのは15万台ほどなんですが、かたやインドネシアでは800万台売れてます。人口が倍でも、実は売れてるバイクの台数っていうのは50倍も売れてるんです。なぜか?若い人が多いからです。

日本は若い人が少ないのでバイク乗る人が少ないんです。ですので、カワサキもホンダもヤマハも、日本なんかで宣伝してもしようがないから、日本で宣伝なんかしてないです。でも、実際インドネシアに行くと、ものすごい宣伝してます。

日本は高齢者ばっかりですからね。もちろん「バイク乗ろうかな」っていう珍しい高齢者も中にはいますが、広告なんかで意思決定しないわけです。昔から乗ってるホンダのバイクを乗り換えるだけです。つまり広告効かないんです。なぜか?脳が固まってるから。ところが、インドネシアは初めて買う人ばっかなんで、広告が効くわけです。

バイクだけじゃないです。エアコンも、車も、テレビも冷蔵庫も何もかもすべて新しい消費です。GDPが伸びて、生活が豊かになって、新しい消費がうまれるんで、今まで買わなかった、使わなかったものを買うようになる。

そうすると「エアコンのメーカーって全部で何社あるのか?」「なるほどー、カワサキって会社があるんだ」「マツダって会社があるんだ」「へー、ダイキン工業って会社があるんだ」と、そこから学習が始まるんです。だからマーケティングはこれからすりゃいいんです。GDPが増えるからそういうことが成り立つということで、「今、アジアに出て行こうよ」という話をしているのです。

外に目を向け続けろ、成長の尻馬に乗れ。

GDPが小さくなっていく、人口が減っていく、ほとんどが高齢者ばかりになる日本、2050年に私が生きてれば83歳ですが、そんなところではブランドスイッチは起きないんです。その頃の日本ではほとんどの人が昔から買ってるものしか買いません。だからこそ私は、みなさんが将来どんな道を歩むにしても、マーケットが大きくなってるところで、「どのようなことをすれば新しく売上がつくれるのか」とか、「新しい商品はどうやって人々に伝えるとブランドの認知が進むのか」みたいなことを、ぜひ勉強してもらいたいと思うんです。

先ほどのセッションで、トビタテ!修了生に対して「もう1回『トビタテ!留学JAPAN』に行けるとしたらどこに行きたいですか?」「アフリカに住みたい」ってやりとりがありましたが、実際ASEANのGDPが伸び続けるのもあと20~25年ほどなんですわ。ですんで、みなさんの子どもの世代のときには「いやー、ASEANも今はジリ貧だからね」みたいな状況になっていくことは、人口動態的にもう分かってるわけです。

そういう意味でいうと、やっぱり、いま旬のASEANやインドに出て行って、人口の伸び、GDPの伸びとともに、みなさん自身が、ぜひ成長の追い風に乗って、「なるほど、『成長の尻馬に乗る』っていうのはこういうことなのね」と体感してほしい。

私自身が、日本のインターネットの成長の尻馬に乗って、2006年までタタターッと走り抜けていったような感覚が、そこにもあるに違いないと思って、いまASEANに出てきて、日本人の経営視点で、スタートアップにアジアの追い風を体験し、増えるイスに座ってもらおう、あるいは経験を通じて次のブレイクスルーを探してもらおう、ということに挑戦しています。

僕は今、日本人がASEANで起こすスタートアップの資本と経営に参画してます。いま23社ほどです。全て日本人が社長で、フォーカスが東南アジアもしくは世界を見てるような企業です。

そして私はいま、皆さんに今日の体験を通じて、ちょっとでも「なるほどASEANはGDPが伸びてるんだ。人口が増えるんだ。イスが増えるんだ」ということをちょっと知ってもらって、ぜひ、一歩踏み出してもらいたいと思ってお話ししています。

異常であることを恐れない

最後にもうひとつ大事なこと。

今日はみなさん、かなり「異常」な情報が目から耳から入っています。でも一歩この会場を出たら「普通」に戻りかけます。

ここはぜひ熱く、自分にドライブをかけてもらいたいんです。そして、「異常」であり続けることを恐れないでほしいんです。「普通」になることを怖がってほしい。思うに「普通」っていうのは「同調圧力」のことです。みんなと違うことを怖がらせるのが同調圧力なんです。

みなさん若いんです。失敗してもべつになんてことないです。いつもと違う道を帰ればいいんです。迷ったら、ワクワクするほうを選んだらいいです。

脳が歳を取っていくと、だんだんいつもと同じ道しか帰らなくなります。無難なものを選択してしまいます。僕らが小学校の頃、毎日違う道を通って、小学校から、塾から帰ったと思うんです。新しい道を選べば新しい発見があるからです。

歳を取ると脳が硬直していきます。脳が硬直すると、いつも同じ行動を取ることに対して疑問を持たなくなるんです。脇目も振らず、いつもと同じソースを買う、いつもと同じ選択をする。当たり前のように。もしかしたら、違うビールを飲んだら素晴らしい体験が待っているかもしれない。でも、失敗を恐れ、そのチャンスを逃すのです。

私は、皆さんの、今日の、いつもとは違う、ちょっと「異常」な行動が、みなさんの明日を創るんだ、そう仕向けてやろうって心に決めて、今日はやってきました。

自分が「異常」であることを恐れない、そして「普通」という同調圧力に屈しないように、自分自身のオリジナルな人生を生きてもらいたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

 

加藤順彦 エンジェル事業家 LENSMODE PTE LTD

 

AWAY

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『AWAY』では元リクルート米国法人社長監修のもと、マレーシアでビジネスプログラム『AWAYインターン』を運営しております。

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期間は1週間から1年間と、短い休みでのトライアルから、休学してのガチインターンまであります。加藤さんの話を読み、「伸びるアジアで成長する」「異常な人たちに囲まれたい」と思った方、行動あるのみです。

『AWAY』の運営メンバーは全員ウミガメです(プロフィールはこちら)。資料請求や相談は以下フォームからお問い合わせください。

プログラムの中では、現地の消費者へのヒアリングやリサーチ、ビジネスミーティングなど、新興国のビジネスを経験いただくことになります。お題は現地向けサービスの考案ですが、その過程で自分自身が何をやりたいのか、何が強み・弱みなのかを深く考えることになります。

この悩みをメンター陣とともに考え抜く体験は、今後就職活動を迎えるにあたって、社会人生活を始めるにあたって大きな財産です。

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