【飄々インターン日記-番外編】広がった世界は広がり続けるだけだ

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◇常井裕輝:webコンサル、地域活性NPO、子育て支援、カメラ輸出、教育事業、メディアの立ち上げなどを経験し、現在文部科学省と産業界の協働プロジェクト「トビタテ留学JAPAN」を利用して東南アジアに拠点を移した半ノマドワーカー。水戸第一高等学校卒業。上智大学法学部3年次休学中。
2015年4月からマレーシアに住んでいる常井です。トビタテ留学JAPANから支援を受け、マレーシアにてUNLOCK DESIGNというスタートアップ企業でインターンをしています。昔はピアノや空手、テニスをしていました。上京後はサークル、アルバイト、4社での長期インターン、学生団体、政治団体、など大学ですべきことリストを潰していきました。現在は休学中です。

 

広がった世界は広がり続けるだけだ。
そんな感想を抱いた2015年だった。

自分が企画したUNLOCK DESIGNの事業、上海へのスタディートリップから帰国し、単位をしこたま落としたことが確実になった日から一ヶ月後。2015年1月、決死の覚悟で挑んだトビタテ留学JAPANの奨学金の選考を迎えていた。これが通らなければ、私は日本から出ることは叶わなかったはずだ。「何かしたい」という悶々とした気持ちを抱えたまま、周囲にいる裕福な家庭の子息を羨み、家計を窮迫したリーマンショックに至る一連の世界の動きを恨み、惰性で大学に通っていたことだろう。

審査の一ヶ月後にトビタテに採用されたことが分かった時はインターン先の喫煙所に駆け込んで泣いた。壮行会での代表者スピーチを任された時は、高揚して仕事が手につかなかった。帰国子女でもなく長期の海外経験もなかった私を選んでくれたことがただ純粋に嬉しかった。

 

同時期にはフリーアナウンサーや国連で通訳をしている方から英語のスピーチレッスンを受けていた。インターン先の上司と、デロイトトーマツの執行役員と一緒だった。私だけがペーペーな学生でだいぶ肩身が狭かった。国連でスピーチやHBR(harverd business review)へのコラム執筆、WBSへの出演などを日常としている役員から感じる知性は本当に美しいものだった。

茶道をやっている上司は立ち居振る舞いが優雅で、空手を辞めて久しい私が失ってしまった姿勢を持っていた。スピーチを指導してくださった方は日常的に日本や世界の一流やそれに近しいところで生きているだけあり、メンタリティーや所作が本当に美しい女性だった。自分の小ささを実感した。「star bar」という、完全招待制でベンチャー経営者が運営するバーで同世代の尖った人の存在を知り、マレーシアで結果を残さなければとの思いが強くなった。

 

マレーシアに来て、考え方は大きく変わった。当たり前と思っていた、「世界を日本中心の視点で日本人の情報から見ること」に危機感を覚えるし、就職観も「新卒一括?あー、確かに日本はそうだね」という考え方になった。キャリア感も大きく変わった。優秀な人ほど挑戦できる環境を求め転職して自分の市場価値を高めていくのは普通だし、会社を立ち上げる事業を立ち上げるというのも普通。就職や転職と並列の選択肢だと心の底から思えるようになった。大学だって入り直していい。

ドイツでは一年間休職できる制度は普通で、いい社会制度といい雇用がある。ヨーロッパの人は英語の次はドイツ語を勉強するらしい。アジアの人が英語の次に中国語を勉強するのと同じ。中国には市場とビジネスチャンスが転がっている。日本人がフランスをオシャレな国としてみるように、東南アジアの人は日本をオシャレな国としてみている。スターは韓国の影響が強く、アニメなどの分野では日本が強い。知名度は高く憧れてもいるが、仕事でということはあまり考えていない。勉強するならUS UK オーストラリア。仕事はUS 中国 シンガポール。

幼い頃から多様性の中で揉まれているこの国の人材はコスモポリタンの素養を持っており、その人たちの人材獲得競争に日本は負ける、つまりは日本企業はダメになっていくという図式が見えてきて悲しくもあるが仕方がない。日本企業はそういう人材を本音では求めていないのだろうから。

当たり前にのように「私は〜から来て今仕事してるけど、次は〜の大学に行こうと考えている。」「今はここでお店やってるけどコスト上がってきたから来年からタイに移転しようと思う」という話が交わされていると、日本の小中高大日本の企業しか選択肢にも視野にもなかった自分は情けないし、そういう意味での啓蒙をしなかった教育機関は何をやっているだと憤りを覚えるし、逆に人材を日本にとどめておくためには効果的だなと感心したりもする。

 

流動性の高い環境が合う合わないは人それぞれだとは思うが、どうしても狭いコミュニティーが苦手な私は、互いに全く関わりのない複数のコミュニティーにいないと内面の安定が保てない。それに日本人だけを相手に日本で仕事をするのはこの時代に生まれて非常にもったいない。

デザインは世界と勝負できるし(デザインの価値を決めるのはストーリーではあるが)、プログラミングは世界共通。世界と対話できる。法律家になりたいと考え法律から世界を平和にする道を探ろうと考えたが、その目標はとうに捨てた。鴻鵠の視点を持ちながら大空を舞うよりも、地面を走る方が性に合うと気づいた。自分の力で自分で稼ぎながら世界のどこかで世界の誰かと何かをしている。そんな人生を送りたい。

当面の目標として、5年以内に日本を出て、1,2年シリコンバレーとベルリンに行ってあらゆる意味での世界の最先端を見ようと思う。今のまま進路を決めるのは危険すぎる。私はまだ世界を知らなすぎる。

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