【東南アジア留学記】バンコクで鬱になり田舎の村の寺で療養した話#6 【東南アジア留学記】バンコク帰還と判明したおっさんの正体

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◇湯浅 陽代:京女。幼少時、ユダヤ人アフリカ民族楽器演奏者に弟子入り。アフリカの民族楽器はほぼ演奏可能。ガーナのダンスも習得済み。小中学校時代、イラン人とブラジル人より英語を学ぶ。大学入学後は、インドの民族衣装サリーを纏って通学するが、半年間全く友達ができず困る。現在タイ留学中。
◇短期集中連載『バンコクで鬱になり田舎の村の寺で療養した話』
現在タイ滞在5ヶ月目に入りましたが、実はこの期間のうちに鬱になりました。今回はどのように微笑みの国タイで沈み、そこから回復していったのかを書きます。

バンコク帰還と判明したおっさんの正体

帰る日の朝が来た。一緒に住んでいた僧侶が見送ってくれた。私は一応女性なので、寺では修行することも、お坊さんと深く付き合うこともできなかった。一緒に子猫の世話をしながら、猫の鳴き真似でニャーニャー言って会話したのが唯一の思い出である。

さて、お世話になった小学校へ挨拶に行くと、全校生徒100人が校舎から一斉に飛び出してきて私を離さなかった。次はいつ来るの、と口々に聞かれて困った。学生のボランティアなんてどうせ自己満足だという予想は外れてはいなかった。それでも、今までの自分の経験、つまり彼らにとっての異世界を共有すると、幾らかの子供達の意識が変わり、また少しの希望になったようである。そこに異質な人間のいる意味を感じた。それを思うと少しのことでも貢献できて良かったと思った。それに、彼らとの触れ合いを含め、温かい経験を村で出来たことでやっとタイに良い感情を持てたことは私にとって大きな前進だった。

村から帰ってしばらく色々考えた。当初、村に行き無条件に愛されたことで、やっとタイが好きになれた、と思った。しかしよくよく考えると、実は私がタイに抱いていた理想のうちの一つが叶えられて満足しただけなのではないかと思い始めた。

つまり、自分より経済的に貧しい国の人は純粋な心で、異国の人にも無条件の愛を与えることができる、特にタイはそれが顕著であるという自分の仮説が証明されたことに満足したに過ぎない。私は、「微笑みの国」というキャッチフレーズ通りの現実が、タイのどこかにはきっとあるはずだ、と躍起になって探していただけなのだ。だから実際にそれが現実として起こって自己満足を得ると、それが自信となって心が元気になったように感じたのだなと推測している。あの時は素直に村の人たちに感動し感謝していたが、その感謝感動の念のカラクリを解いていくと、自分の自己満足の為に、ある意味予想通りに動いてくれて有難く感じただけなのかもしれない。実は無意識のうちに自分の理想の達成のために村の人たちを使ったのかと思うと少し悲しい。

とはいえ、確かに村でのポジティブな経験で、鬱状態は全快し、心は元気になった。おかげで語学の勉強にも以前より身が入るようになった。それに不思議と精神が安定するようになり、ひどい落ち込みも無くなった。上で述べたような暗い部分も時々ちらちら覗きはするものの、やっぱりあの村での経験は私にとって必要ではあったようである。

怪しいおっさんはやはり怪しかった

それにしても、なぜ「彼」が突然見ず知らずの私にメッセージを送ったのか尋ねたことがあったが、冗談か本気か「プロフィール写真の顔がタイプだったから」と返ってきた。彼の真意が何なのか、私は気になって仕方がなくなったので、男友達を彼の元に偵察に送り出すことにした。男友達の調査報告によると、彼は一度離婚経験があり、現在は日本人の再婚相手を探している最中とのこと。その為Facebook上で、片っ端から日本人女性に連絡して自分の住む村に呼び寄せて婚活を図っているとのことだった。その作戦にまんまとはまったのが私だった、ということが分かって、自分の間抜けさに呆れるしかなかった。さらに驚くべきことに、彼はFacebookだけでアカウントを5つ持っていた。特に気になる女性にアタックするために、ブロックされても別のアカウントから再び攻勢をかけ続けるための秘策だという。

やはり、はじめて彼からメッセージを受けた時感じた不気味さ当たっていた様だ。彼に感謝はしているが、腐っても女性である限り、やはりそういう目で見られていたのかと思うと若干寒気がする。今回は何も無かったにせよ、もうこれ以降は無謀な冒険はやめにしたほうがいいと、一応反省はしている。


バンコクで鬱になり田舎の村の寺で療養した話

Part1: ここでも普通になれない

Part2: 鬱、入りまーす

Part3:救世主、怪しいおっさん現る

Part4:たった一人の外国人の村人になった

Part5: 嫌々ボランティア始めたら目覚めた