【東南アジア留学記】バンコクで鬱になり田舎の村の寺で療養した話#1 ここでも普通になれない

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◇湯浅 陽代:京女。幼少時、ユダヤ人アフリカ民族楽器演奏者に弟子入り。アフリカの民族楽器はほぼ演奏可能。ガーナのダンスも習得済み。小中学校時代、イラン人とブラジル人より英語を学ぶ。大学入学後は、インドの民族衣装サリーを纏って通学するが、半年間全く友達ができず困る。現在タイ留学中。
◇連載『バンコクで鬱になり田舎の村の寺で療養した話』
現在タイ滞在5ヶ月目に入りましたが、実はこの期間のうちに鬱になりました。今回はどのように微笑みの国タイで沈み、そこから回復していったのかを書きます。

ここでも普通になれない

鬱の症状が出始めたのはバンコクに来て3ヶ月を過ぎたあたりからだ。外国人にとって、3週間、3ヶ月、3年というのは鬼門らしいが、まさにその3ヶ月目に私は私でなくなった。

一言で言うと、外こもり、もしくは沈没状態である。

憧れのタイ、理想と現実

タイに飛び立つ前、私は夢見る夢子ちゃんだった。近年特にメディアで「微笑みの国タイ」の特集を度々目にしていたので、脳内は余計に良いイメージでぱんぱんに膨らんだ。何より、「東南アジア」に長期間住む、というのが幼少期からの夢の一つだった。日本の大学でできなかった友達ができるかな、みんなと仲良くできるかな。タイ料理食べるの楽しみだな。マッサージ習いに行きたいな。私は高揚感に満ち溢れ、脳内お花畑の状態で成田から飛び立った。

タイ滞在1ヶ月目、日本で普通の大学生活を送れなかった私は、タイでそれを取り戻そうとしていた。つまり適当に勉強し、友達をつくってお出かけする、という普通の大学生を頑張った。男女混合グループでカフェや旅行に行った。お泊まり女子会もした。大学生活の中で同年代の友人などほぼいなかった私には普通の大学生を出来ることが新鮮だった。「みんなと仲良く出来ないコンプレックス」を一瞬克服出来たような気がした。少し嬉しかった。

しかしそもそも、常に人とは違う自分だけの強烈なアイデンティティを保つことを望み、不安定な場所で一番安心感を感じるタイプの私には、平穏な学生生活を送ることとは完全なる苦行であった。

3歳でアフリカ人と踊り狂い、5歳でユダヤ人アフリカ楽器奏者に弟子入し、8歳でベトナムの民族衣装を着てクラシックギターの発表会に出ていた、という幼少期が原因だと友人には指摘されたが。

結局、タイ滞在が3週間を過ぎた頃、私はタイの大学でも普通の学生生活を放棄した。

日本の大学でもよくある「ある一定規模の集団を形成し一緒に行動、さらにSNSでは内輪ネタで盛り上がり繋がりを確認する」という私の一番苦手な作業に耐えられなくなったのだ。

それに、大学の授業も、日本で既に学んできたことの上澄みしかやらないので、大学に行く意味が無いと判断し行くのをやめた。タイ滞在1ヶ月後には大学生活から完全にフェードアウトした。

大学生活もそうだが、私は、メディアの取り上げる「微笑みの国」タイの一部分しか知らなかった。だから、ある程度生活に慣れ、タイの実際を経験するようになると色々不満を感じる出来事が出現する。まず普通の日常生活の中で、タイ人は一々微笑まない。むしろ外国人はよそ者扱い、まずいい顔はされない。それから英語が全く通じない。タイ語で話そうという姿勢を見せないと取り合ってもらえないこともしばしば。話そうと一言発せば、正確な発音のタイ語しか理解してもらえない、というか理解しようとしない。最大級の「面倒くさいです」を顔面で表現されたときの心の痛みようは何とも言えない。

Part 2に続く…


バンコクで鬱になり田舎の村の寺で療養した話

Part2:鬱、入りまーす

Part3:救世主、怪しいおっさん現る

Part4:たった一人の外国人の村人になった

Part5: 嫌々ボランティア始めたら目覚めた

Part6:バンコク帰還と判明したおっさんの正体


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湯浅陽代
京女。幼少時より、ピアノとガーナのダンスを開始。8歳になるとクラシックギタリストの藤井眞吾とユダヤ人アフリカ民族楽器演奏者であるロビン・ロイドの両師に弟子入りし、音楽活動を開始。小中学校時代に、イラン人とブラジル人より英語を学び始め、高校時代は英語のスピーチに打ち込む。公式スピーチ大会で京都府で1位、近畿地方で3位の成績を収める。高校卒業後はインドネシア・バリ島のマッサージ師になるべく準備を進めていたが、道が閉ざされ断念。同志社大学に入学する。大学入学後は、インドの民族衣装サリーを纏って通学するが、半年間全く友達ができない。寂しさのあまり、内閣府や韓国外務省のユースサミットに暇を見つけては参加し始める。その後マレーシアでのインターンを経験。現在タイ留学中であり、日系調査会社でもインターン中。インドネシア語、タイ語、韓国語は少々。