【海外インターン体験記】海外ビジネスで鍛えた精神で、入社1年目で営業トップに

私のAWAYでのゼロイチ体験: 最首花織さん(中央大学)

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AWAYプログラムの一人目のインターンである最首花織さんは、大学卒業後、人材紹介会社エン・ジャパンに入社。年間新規受注実績全社1位を上げ、社長賞新人賞を獲得し、2年目から営業部のリーダーとなるなど、新人ながら大きな実績を上げてきた。「AWAYでの経験が現職に役立っている」という彼女。数ヶ月の経験の何が、どう彼女を変えたのか?(聞き手・野本響子)

最首さん
最首花織さん

ーーもともと大学では何を勉強していたのですか?

大学ではアントレプレナーシップがテーマのゼミに入っていました。ビジネスの基本を学びながら、小さなことでもビジネスになるようなことを実践するという内容でした。具体的には、旅行ツアーを企画したり、交流会を開いたり、ビジネスプランを考えてコンテストに出たりしていました。

親の反対を押し切り、第1期インターン生に申し込む

ーーAWAYを知ったきっかけは何でしたか? 

 東南アジアの仕事に興味がありました。そこで現地の一次情報が知りたくて、海外で働く社長へのインタビューをはじめたのです。ちょうど内定した会社でもルポ記事を書くプロジェクトがあり記事としても面白いかなと。

 その流れでたまたまAWAYの運営者である山口(聖三)さんをインタビューして、山口さん自身に興味を持ったのが参加のきっかけです。とことん深く考え、新しいことにチャレンジし続けている人で、いままでの人とちょっと違うなと直感しました。インタビュー翌日にすぐにフィードバックをくれたのも大きかった。

 

ーー就職の内定が決まったあとに参加したのですね。

内定が決まっていたからこそ、参加したのかもしれません。最初のキャリアは決まっていたので、そこで得られない海外でのビジネス経験を先に積んでおきたいと思いました。「ゼロイチ」に関われるというのも大きかったですね。

 

ーー当時はまだAWAYというプログラムもなかった。

1人目のインターン生ということで、前例もない、人脈もない、インターン仲間もいないというゼロの状態から事業をスタートできることにも惹かれました。また、通常インターン生は、言い方は悪いですが雑用的なポジションであることが多く、結局仕事内容はゼロイチを生み出す人の雑務のお手伝いです。しかし、AWAYでのインターンは経営者である山口さんと一緒になって、主体的に事業に携われる点が違う。

 

ーー家族からの反対はなかった?

ありました。当時はWebサイトもまだちゃんとしたものではなく、企業の実態も不明、書面での契約書のようなものがなかったため、自分含め家族も心配していました。ただ、「マレーシアは日本から近所だしもし嫌ならさっさと帰ればいいや」と言って納得してもらいました。

 

ーー前例がまったくない状態で、プログラムの内容についてはどのように理解してたのですか?

Skypeとメールで何度も話を聞いて理解しました。ただ、私が参加したときは、プログラムの前例も形も何もかもほぼない状態だったので、内容を山口さんから聞くと言うよりは、こんなことをしたいとか話していたと思います。

病気、事故、孤独の中で、「このまま死ぬのかなぁ」と思った日々

ーー実際に参加してはじめはどうでしたか?

行ってすぐは右も左もわからなかったのですが、まずは現地に慣れようということで、飲食店のコンサルティング業務を用意してもらい、その中でクアラルンプールにあるレストランのメニュー作りや従業員教育を行いました。そのお陰で最初は戸惑いませんでしたが、大変だったのは、行ってから1ヶ月後、山口さんが家族もつれて日本に帰ってしまったときです(笑)。

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最首さんが最初にコンサルティングしたクアラルンプールのレストラン

ーー一人でいたのですか?

はい。一人になっただけではなく、不幸が続きました。英語もろくに喋れないなか、企業訪問のアポイントは入っている状況で、急に胃腸炎と食中毒、さらに事故で足が感電してしまい、動けなくなってしまったのです。マレーシアは日本より電圧が高く、電気の穴も雑な作りが多いので、「穴にさしてからスイッチをいれる」ことを気を付けないと結構危ないです。当時はAWAY Houseのソファーで一人横になりながら「このまま死ぬのかなぁ」なんて朦朧とする意識の中で思っていました。

 

ーーどれくらいの間一人だったのですか。


2週間です。結局、寝ていてもしょうがないので、病院にかけこんで「腹がいたい! 吐いた! 少しでもいいから日本語がわかる医者を出してくれ!」と無茶苦茶な要望を出して、カタコト日本語の医者にみてもらい、「アメリカの宇宙人のクスリネ!」と言われて出してもらったあやしい薬を飲んで回復しました。療養中に近くのモールで久々に味わう味噌汁の優しい味に、一人号泣したのはいい思い出です。


でも、この経験のお陰でもう何も怖くなくなり、まったく英語ができなかった私でもなぜか急に現地の人と英会話できるようになっていたし、一人で遠方の企業に営業まわりできるようになったし、インド人のタクシー運転手にケンカで勝って「あなたが今まで乗せた日本人の中で最強だ」と言わしめることもできました。
こんなアウェー中のアウェーで滅茶苦茶な経験ができたのも、良くも悪くもAWAYならではだと思います。

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病気療養して回復後、現地の学生たちとのショット

ーー参加してみて、どうでしたか?

 企画を考え実行し、自分が作った人脈からインターン生を採用したりと、インターンでありながら事業に本当の意味で参加できたのが大きかった。雑用のバイトとしてではなく、相談者として接してくれて、意見を言い合える。また代表が近くにいるので意思決定が早く、その日に話し合って決まったことは即日動き始めたり、なんてこともできます。

「意見をいいやすい会社」はたくさんありますが、結局決定までに時間がかかることが多いです。まず直上司に話を通して、その上司がその上に話を通して、その上の上司が同列と話し合って色々考えてそのあとで稟議を出して、稟議が通るまで時間がかかって……。結局何週間、何ヵ月もかかってしまう。

海外での経験をして、怖いものがなくなった

ーーAWAYでの経験は現職にどのように生きているでしょうか? 働き方に対する考えは、参加前とで変化しましたか?

まず、何も怖いものがなくなりました。海外での「試される商談」の経験があると、理詰め系のお客さんとの商談もなんなくうまくいきます。経験があったおかげで、言葉が通じ比較的易しい経験があったお陰で、言葉も通じて比較的優しい人が多い日本での商談は入社当初から全く怖くありませんでした。

同時にキャリアは上から与えていただくもの、というより、自分からとりにいくものという認識がつきました。日本だと人一倍成果を出したあとは評価してもらうのを待つ人が多いのですが、自分の場合は社長に直談判して役職を「とりにいく」ことで、2年目にして役職を得ることに成功しました。もちろん今のところ会社がそういう動きを良しとする会社だということもありますが、1000人以上の上場会社社長に1年目が直談判なんてなかなかできないかと我ながら思います。こんな動きができたのもAWAYで海外でのビジネス経験をして、常識をぶちこわしていたからだと思います。


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AWAYでの経験が現職におおいに役立っている最首さんは、現職に就いてからもAWAYの山口と連絡を取り続け、人の倍動くことで大きな成果を上げてきた。近い将来はアジアで働くことを視野に入れている。

 

AWAYインターンのプログラム紹介

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AWAYでは元リクルート米国法人社長監修のもと、マレーシア首都クアラルンプールでの事業立ち上げインターンプログラムを運営しております。

プログラムの中では、現地の消費者へのヒアリングやリサーチ、ビジネスミーティングなど、新興国のビジネスを経験いただくことになります。お題は現地向けサービスの考案ですが、その過程で自分自身が何をやりたいのか、何が強み・弱みなのかを深く考えることになります。

この悩みをメンター陣とともに考え抜く体験は、今後就職活動を迎えるにあたって、社会人生活を始めるにあたって大きな財産です。説明会も随時行っておりますので、お気軽にお問合せください。

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