【海外インターン体験記】23年間の人生ががらっと変わった濃い半年間

私のAWAYでのゼロイチ体験: 猪塚晃子さん(香川大学)

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県立高校を経て、香川大学まで香川県を出たことがなかったという猪塚晃子さん。大学では観光学を学んだが、4年時に休学し、英語を学ぶためにマレーシアにやってきた。

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猪塚さん(右)と、同じくAWAY生の絹笠さん

「休学するまでは、授業、部活動、アルバイトという至って普通の大学生活を送っていました。ですが、これからの自分のキャリアを考えると、私には何のスキルもなく、自分に自信もなかった。英語に自信をつけたい、そしてもっと選択肢を増やしたいと思い、マレーシアに行くことにしました」

英語学校で3ヶ月学んだあと、当地でインターンをしようと思い立つ。現地の会社社長にアポイントを取って会いに行った。そこで出会ったのが「AWAY」のプログラムだった。

「たまたま、突撃訪問した企業の社長から、面白いインターンシップがあるよ、と紹介してもらったのです。でも、ビジネスコンテストに参加した経験もなければ、英語への自信もない。かなり不安でした。でもやってみたら、自分の選択肢が増えるかなと思って」

親は特に何も言わず、好きなようにさせてくれた。

語学学校のあと、1ヶ月アジアを旅して日本に帰り、マレーシアにAWAYのインターン生として再度やってきた。

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ビジネスアイデア「ゼロ」の自分が何を生み出せるのか?

インターン生としての活動がはじまった。到着した翌日に、クアラルンプールで行われている教育フェアに参加し、まずは大学や専門学校とのコネクションをつくることにした。

「正直なところ、何をしていいのかも、何を話していいのかもわからなかった。ただ、出展している各企業のブースを周り、挨拶程度の話をしながら、名刺を交換しました」

名刺が集まると、学校のリストを作った。この学校のリストから一件一件、学校にアポイントメントを取り、ヒアリングにいった。

「私の場合、当時、ビジネスのアイデアもなく、売りたいものも見つからなかった。まずは相手の課題を聞くことからはじめろというアドバイスに従いました」

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片っ端から電話をかけるのだが、特に理由もなく会ってくれる学校関係者は少なかった。結局30〜40件電話をかけて、会ってもらったのは10件ほどだという。

「せっかく会ってもらっても、思うようには行きませんでした。まずビジネスの話なんてしたことがないので、何を話していいのかわからない。質問もできないし、聞くこともうまくできない。とにかく実りのある会話にはならなかった」

その後も、ヒアリングから新規事業を思いつき、実行、という流れを繰り返す。語学学校で交流会を企画したり、日本人学生への週末インターンシッププログラムを計画したが、どちらもなかなか人が集まらなかった。

「相手の課題を調べて、商品を作って、売る。私も無名だし、企業も無名。信用してもらうことがいかに難しいかを学びました」

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辛いことのほうが多かった。当時は運営者に不安や悩みをこぼすこともあった。運営スタッフからの精神的なサポートが当時の彼女を支えてくれたという。

「もともと、私にはできるはずない、と自分に否定的でした。でも、(運営者の)山口さんがいつも見守ってくれたことが、焦っている自分を支えてくれました」

人がなかなか集まらない。実際には挫折、挫折の連続だった

次に彼女が取り組んだのが、「訪日教育旅行プログラム」だ。専門学校で50人学生にヒアリングした結果、「日本に行って学びたい」というニーズを聞き出し、マレーシアの専門学校の生徒が日本の専門学校を訪問するというプログラムを考えた。日本側の受け入れ先との交渉はAWAYの日本のチームが担当し、大掛かりなプロジェクトとなった。

パワーポイントで生まれて初めて資料を作り、専門学校に説明に行った。しかし、最初のプレゼンテーションは散々な結果だった。

「何も伝わりませんでした。英語もダメだし、表現もうまくいかない。棒立ちで棒読みで、相手からの反応もよくなかった」

帰ってからアドバイスをもらい、訂正を加えていった。結局、実現までに企画に手直しを重ね、プレゼンテーションを繰り返した。最後にようやくプレゼンが採用された。練習して場数を踏んでいくうち、だんだん慣れて、身についてきた。学生の反応はよく、「行ってみたい」という声をたくさん聞いた。

ところが、蓋を開けてみたら、応募者は一人も集まらなかったのだ。

「告知からツアーまでの日程がタイトだったこと、金銭的な面の問題、親の承諾が必要なことなど、いろいろな原因があったと思います」と振り返る。

しかし猪塚さんは諦めず、同じプログラムを今度は先生向けに売ることを思いつく。そこで、同様にプレゼンを繰り返した。当時は寝る間も惜しんで仕事に没頭したという。そして、最終的にようやく1人の先生を日本に送り出すことができた。このプログラムは、形を変えて今も続いている。

「今まで、すでにあるものを改善した経験はありましたが、形がないものを形にするのは、本当に大変です。どうやって信用を作るか。でもたった一人でも申し込んでくれた時点で、ゼロがイチになった。この喜びは、忘れられないと思います」

猪塚さんは当初3ヶ月の予定でインターンに参加したが、ちょうど訪日旅行のプロジェクトが面白くなってきたため、さらに3ヶ月延長した。

「なんとなく、面白そうだと思って飛びついた経験でしたが、23年の人生で一番の衝撃で、自分のキャリアを考えるきっかけになりました。しかし実際には挫折、挫折の連続。やっているときは辛いことのほうが多いんですよ。でも、プロジェクトが終わると充実感と達成感でいっぱいになる。AWAYの方々や、インターン仲間、マレーシアで実際に起業されている経営者の方たちとも親身に付き合うことで、話を聞いてもらったり、アドバイスをいただいたりしたことで、挫折したときも精神的にやっていけたと思っています」

起業や新規事業という言葉もぐっと身近に感じられるようになったが、来年の4月からは大きな企業で働いてみるつもりだという。

「就職活動では8社から内定をいただきました。面接ではインターンでの体験しか話していないので、この経験が、多分めちゃくちゃ大きな武器になっているのだと思います。就職のためにインターンに参加したわけではないのですが、それでも、自分に自信がつき、『何でもやります!やってみたいです!』という前向きな気持ちで臨めたのだと思います」

編集後記

猪塚さんは、内定をもらった8社のうち、東南アジアの発展に貢献したいという思いから、日本最大の総合電機メーカーに就職することを決めた。

 

AWAYインターンのプログラム紹介

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AWAYでは元リクルート米国法人社長監修のもと、マレーシア首都クアラルンプールでの事業立ち上げインターンプログラムを運営しております。

プログラムの中では、現地の消費者へのヒアリングやリサーチ、ビジネスミーティングなど、新興国のビジネスを経験いただくことになります。お題は現地向けサービスの考案ですが、その過程で自分自身が何をやりたいのか、何が強み・弱みなのかを深く考えることになります。

この悩みをメンター陣とともに考え抜く体験は、今後就職活動を迎えるにあたって、社会人生活を始めるにあたって大きな財産です。説明会も随時行っておりますので、お気軽にお問合せください。

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