書道パフォーマンスで世界を舞う。書道家・青柳美扇さんをインタビュー


IMG_8558 どうもたかだです!(写真左)
1年間大学を休学してマレーシアに留学中の大学四年生です!
現在は「AWAY」という教育プログラムに参加し、日々ビジネスを学んでおります!

前回は「Sakura collection 2015」に参加しました。2015年10月にマレーシアで開催されたファッションショーです。日本をテーマに、選ばれた10人のマレーシアの学生ファッションデザイナー達が、コンテスト形式で作品を紹介しました。

なぜかそこに日本人書道家がいて「書道パフォーマンス」を披露していました。
海外で書道パフォーマンスをしている人に初めて出会ったので、出会った瞬間から気になっていました。

書道パフォーマンスって何?

書道パフォーマンスを知ってますか?
書道パフォーマンスは文字通り魅せる書道です。音楽に合わせて、巨大な用紙にリズミカルに筆を走らせる。己と心静かに向かい合う古典的な書道から、現代的に変化したエンターテイメントです。
映画『書道ガールズ』で一躍有名となり、皆様も一度はご覧になったことがあるかもしれません。この書道パフォーマンスをマレーシアで堂々と披露し、会場の人々を釘付けにし、その空間を自分の色に染めた日本人女性が、今回の主人公 青柳美扇さんです。

IMG_8576

多くの現地の人々と同様に書道パフォーマンスを生で見たのは自身初。下書きも何もない白い大きな紙に、大小さまざまな筆を使って、いろいろな色の塗料で一気に描く。ときに力強く、ときに繊細に、それはもう圧巻の書道パフォーマンスでした。

感動と同時に、なぜ海外で書道パフォーマンスをしているのか、どうして書道家になったのか、という興味が湧いてきました。イベント終了後取材依頼をし、翌日取材をさせていただけることになりました。

IMG_8545

(プロフィール)青柳美扇(Aoyagi Bisen)
1990年4月21日大阪府生まれ。16歳で書道の師範取得。すぐに幼児・小学生の指導を努める。大学4年間、日本一の能書家である空海について研究し、 高等学校教諭一種免許状(書道)を取得。高等学校で書道パフォーマンスを指導。書道家として書道パフォーマンスを中心に世界へ和の文化、書道の魅力を発信している。 23歳から毎年、個展を開催。近年では文字だけにとらわれず、水墨の抽象画『BOKUSYO』の 分野において評価を受け、和の空間デザインも手がけている。
公式ホームページ:http://aoyagibisen.jp/

 

IMG_8573

書道を始められたきっかけを教えてください
祖母がお寺の孫として生まれました。和裁の先生であった祖母は書道の師範でもあり、彼女に影響され、仏像や着物、書など、物心つく前から日本文化に触れてきました。2、3歳のころから筆をもつことが好きで、祖母と写経や写仏をして遊んでいました。褒めてもらえるのが嬉しくて嬉しくて書に熱中していました。

書道で生きていこうと決意したのはいつ頃ですか?

書道で生きていこうと始めに意識したのは、高校3年生の時です。
人より秀でたもので生きていこうと決めており、私の場合、それが書道でした。

IMG_8569

大学に進学するつもりはありませんでしたが、高校の恩師から強く勧められたのがきっかけで私の書道人生は大きく変わりました。
大学へ入学し、始めての授業で、教授から「お前は下手だ!」と言われました。
衝撃的な出会いでした。教授に会うまでは、恥ずかしいことに自分は書道は誰にも負けないくらい上手いと思っていました。
教授の絶対的な技術にぐうの音も出ず、初めて挫折を味わったときでもあります。悔しく、泣きながら修行したことを覚えていますね。今振り返れば、この教授との出会いが私の書道の大きな分岐点でした。綺麗に書こうとだけしていた自分の前に、芸術という道が開かれた瞬間でした。当時の私は18歳。「書芸術とは何か」を学び、書の世界への扉を開きました。書道パフォーマンスを始めたのもこの頃です。

IMG_8575
書で生きていく決断に対して周りからの反対はありましたか?

もちろん周りからの反対はありました。
両親は比較的賛成でしたが、友人や周りの人は「現実見なよ」と冷たい意見もありました。
しかし、自分の生きる道は書道だと決めておりました。

今まで書道以外に挑戦されてきたものはありますか?

書道一筋です。他のものは遊びでやる程度で、書道から気持ちが移ることはありませんでした。ただ、その中でもサーフィンは好きですね。

書道家でありながらサーファーとは多才ですね!サーフィンなど楽しいことが他にもある中、美扇さんを幼少のころよりはなさない書道の魅力を教えてください。

幼い頃はただ楽しくでやっていましたが、今言える書道の一番の魅力は奥の深さですね。
中国から入ってきた書は、平安時代に空海によって芸術にまで高められ、和様の書となりました。なぜ空海の名前が出るかというと、私自身が、大学では空海について、大学院では彼が影響を受けたとされる中国書法について研究を続けているからです。2000年の歴史があり、未だ多くの謎が残る書道。一見、難しい研究とパフォーマンスは無縁のように思いますが、筆の運び方、紙面の構成など先人たちから学び、それを自分なりに噛み砕き、そこに自分らしさを表現する。これが書道の面白さであり、魅力だと思います。

IMG_8549

書に対する真剣さが伝わってくるお話ですね。海外での活動を意識し始めたのはいつごろですか?
海外での活動はずっと憧れを持っていました。気持ちはありましたが、中々実現が難しかったですね。

ということは海外で活動することへの抵抗はあまりなかったということですか?

まったくありませんでした。むしろ、周りに「やりたい。やりたい。やりたい。」とずっと言っていました。昔から海外で闘いたかったので、今回のSakura Collection 2015のお話を頂いたときはかなり嬉しかったです。
Sakura Collection 2015が初の海外パフォーマンスということでしたが、
いかがでしたか?率直な感想をお聞かせください。

パフォーマンス自体は国内で定期的にイベント出演しておりますので緊張はありませんでしたが、海外ならではの大変さはありましたね。

アウェイな環境、言語の問題、使用する塗料・道具の現地調達の難しさなど、海外の洗礼を受けた気分でした。特にメインに使う塗料の調達が大変でした。欲しい色がなかなか見つからない、塗料の特徴が日本のものと違う、苦労は糧となるという言葉を胸に頑張りました。言葉の壁については、言葉が通じない分、パフォーマンスで勝負だと強気で臨みました。

FullSizeRender1
夢があれば是非教えてください

夢は世界一の書道家になること! そのためには誰もやっていないことをやらないといけないと考え、パフォーマンスを始め墨象アート等、日々新しいことに挑戦しています。
実はもう一つ夢があります。それは、アートに溢れた世の中にすること。
服や家具を選ぶ感覚で、アートを買う世界にすることです。今はまだ書道や絵画に対して一般的に少し敷居が高いイメージがありますが、将来的にはそれをなくし、もっと日常のものにしたいと考えています。
今後の活動のプランを教えてください。

今後も世界を舞台に活動していきます。来月ベトナムでパフォーマンスをします(※ 11月頭にハノイにてパフォーマンス終了)。年始はタイに台湾にアジアを回ります。
また、国内では有名家具デザイナーとのコラボも進めています。これからも新しいことにどんどん挑戦していく予定です。

IMG_8569

最後に、日本から世界に羽ばたこうとしているアーティストの方々にメッセージをお願いします。

いいアイデアや技術を持っている人は世界に溢れています。それらを実際に行動へ移すことができる人だけがチャンスを掴み取れます。

インスタグラム、フェイスブック、ホームページなど自己を発信する方法はたくさんあります。現在私のインスタグラムのフォロワーは7,000人。その半分は外国人です。発信してみると思わぬ反応、つながりが出てくるものです。今回のパフォーマンスもそういうつながりから発生しました。「とりあえずやってみる!」これが大事ですね。

好きなことば

「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。世界に変化を望むのであれば自らが変化となれ。」マハトマ・ガンジーのことば

編集後記

今回の記事は特に日本の伝統文化に携わっている方々に届けたい。美扇さんのようなはたらき方は書道家でなくともできるはずだ。日本で活動することが全てではない。いいモノはある、しかしそれを知らない人が多すぎる。発信の仕方や勝負の仕方は一つではないと思う。言葉が通じなくても一度海外に出てみてはいかがだろうか。世界に日本の伝統をもっと発信していってほしい。新しい世界の入り口はあなたの目の前にある。さあ勇気の一歩を踏み出そう。

◇高田樹彦: 大阪生まれの大阪育ち。5歳から7年間ピアノを習い、中学はサッカー部、高校は合気道部(他7つ兼部)に所属し、中高6年間空手を習う。全国高等学校合気道演武大会2度出場。大学進学後200人規模のダンスサークルに所属。3年目にリーダーとなり、1年間で8つの舞台を成功させる。香港大学2週間、国立マラヤ大学6ヶ月間留学。東南アジアを単身2ヶ月間バックパック。現在はマレーシアでビジネス修行中。好きな言葉は「桜梅桃李」「限界突破」。好きな食べ物はピーマン。